野口染物店

薄暗い土間の空間でプツプツと発酵する藍の釜。釜の前にしゃがんで反物をゆっくりと染めていく職人の姿は、江戸時代からずっと変わらない染めの光景です。創業から約180年あまり、浴衣の型染めを続けている野口染物店。藍染と型染めの2つの伝統を受け継ぎながら、現在では藍染の良さを伝える取り組みにもチャレンジしています。

水を求め、京橋から八王子へ

江戸時代末期に京橋で開業し、八王子の中野上町へ拠点を移して90年以上になる野口染物店。

八王子の水は関東の中でも硬度が低く軟水です。カルシウムやマグネシウムがあまり入っていない軟水は、綺麗な色が出せるため染色に向いているのだそう。だからなのか、当時は野口さんのほかにも東京都心部や神奈川から八王子に染め場を移す工場が多かったと言います。

型染めと藍、二つの伝統を担う

創業以来、「長板中型(ながいたちゅうがた)」と呼ばれる浴衣の型染めを行なっている野口さん。

長板は字の通り、浴衣生地を長い板に貼って糊付けをすることから、「中型」は中くらいの大きさの柄(型)を染めることから、そう呼ばれているそうです。

板に貼った布に伊勢型紙を置き防染糊を刷毛で乗せ、その布を藍で染めていくのが野口さんの技術。

染まる部分は藍色、染まらない部分は白色。たった2色での表現を200年以上に渡り続けることを考えると、藍色がどれだけ日本人にとって普遍的で魅了する色なのかわかります。

数ある型紙の中から、目の錯覚をおこしそうな細かいドット柄が彫られた型を見つけました。一つ一つの小さな柄が綺麗に繋がるように一寸の狂いなく型紙を置く工程は、職人技が光ります。

糊は生もの、藍は生きもの

野口さんが使用している防染糊は、もち米と糠を混ぜたもの。創業から変わらない素材と調合です。色が褐色なのは、藍の色と見分けがつくように着色しているのだとか。

「糊が腐っちゃうから、小さい時は旅行もあまり行けなくてちょっと不満でしたよ笑」と話す7代目の和彦さん。使用している藍は、徳島県産の天然の藍。化学染料特有のにおいがせず、混じり気のない深い色を出すことができます。

化学染料や薬品を一切入れない釜の中では、お酒や醤油のように生き物が活発に発酵しています。気温や天気で状態が変わる藍に、日々意識を集中させて管理をするそう。職人は染めるだけではなく、道具のメンテナンスや藍、糊のお世話まで幅広い知識や技術、心配りが必要なのです。

表も裏も防染する、一手間かけた染め

野口さんが染める浴衣の中に、一際色のコントラストに目がとまる生地がありました。これは、野口染物店の代名詞といえる表裏に防染糊を施した藍染め生地。型紙を表裏ぴったりと重ねて糊をつけて染めることで、裏に藍の色がつかず、模様部分がくっきりと白のまま残ります。

白がより真っ白に映ることで藍との色差が強調され、より鮮やかになる浴衣は、とても色気があります。

「型染めじゃないと、野口染物店じゃない」

和装需要の低下もあり、生産量は昔より減少している現在。同業者も型紙を作る職人も、次第にいなくなってきています。

7代目はそんな状況でも、「表裏に糊をつける型染めの技法があってこその野口染物店。そこはブレずに続けていきたい」とおっしゃっていました。

伝統を守りながらも、藍を活用して製品や革物への染めにも挑戦していき、藍染の良さを広く伝えていきたいそうです。最近ではインスタグラムも始め、様々なアイテムを藍に染めている風景を見ることができます。

手作りの良さを知ってほしい

着物や浴衣を日常的に着る人が減っている今、型染めや藍染めに馴染みがない人が増えています。野口さんは、手作りによる色や柄の不均一さに対し、昔より理解が薄くなっていると感じているそうです。だからこそ、藍染めや型染めの特性を知ってもらうために藍染体験を始めました。

体験では、普段野口さんが使っている本藍の釜に直接手を入れてTシャツなどを染めることができます。手入れや管理が大変な本藍にドボンと手を入れられる、とても贅沢な時間。ぜひご予約の上、藍染めをお楽しみください。

text:Rio Moriguchi

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