石塚染工

無地に見えれば見えるほど、高級とされる染めの技術。江戸小紋と呼ばれるその技術を120年以上に渡り継承している工房が、八王子の元横山町にありました。石塚染工があるのは、浅川にほど近い桑並木通り沿いです。神奈川県小田原で創業しましたが、染めに適した水を求めて創業から7年後の明治30年、八王子に移り住んできました。

無地のような柄を目指す 「江戸小紋」

江戸小紋は、型染めの一種。白生地の上に柄が彫られた型紙を置き、ヘラで糊をつけていきます。糊のついた生地を染めると糊がついている部分は染まらず、ついていないところだけが染まっていきます。江戸小紋は型染めの中でも、細かい柄を作るのが最大の特徴。柄の細かさから、遠くから見た時に無地のように見えるものが良しとされています。

「プリントをして無地に見せたい」

技術や装飾に対する当時の美学や追求心に頭が上がりません。

実際に見せて頂いたのは、糊付けの作業。柄と柄のつなぎ目にズレが起きないように型紙を置いて均等に糊をつける作業は、一生修行だと言われるほど上達に終わりがないのだそうです。

「細かな柄は誤魔化しがきかないから難しい」とおっしゃる石塚さん。型紙を作る技術も高度なものが求められ、現在は細かなドットや縞模様を綺麗に彫れる職人がいないそうです。石塚さんでは、昭和初期に作られた型紙を今でも大切に使用しています。

洗いに適した八王子の水

現在でも捺染工場や糸染め工場が残る八王子。八王子に染め工場が多い理由は、水にあります。全国的に見ても八王子はかなり軟水の地域。水の中にミネラルなどが含まれていない軟水の方が、染物に向いています。

石塚染工では、長らく地下から汲んだ水を使って反物を洗い糊を落としています。工房の外に長いコンクリートのプールが設置され、夏も冬もその中に入りバシャバシャと反物を洗うのだそうです。

一番重要な作業は、修正

「糊付けや色付けももちろん大事だけれど、染めた後の生地をきちんと検反し、修正をすることがもっと大事。ここで生地の出来が変わってくる」

そうおっしゃる石塚さんは、一反のうち多いもので全体の50%を修正することもあるそうです。

5代目の久美子さんは、糊つけよりもこの修正が難しいとおっしゃっていました。それほど、長年の経験に基づく工夫が必要なのだそうです。

石塚さんの元には、この修正技術の相談をしに他の工房から職人が訪れます。だからこそ、石塚染工には他では出来ない難しい発注が絶えずやってきます。

「そろそろゴルフしたいんだけど、娘が継ぐって言うから辞められないね(笑)」

着物を着る機会が減少している現在、染める職人だけではなく型紙を彫る人も減っています。あらゆる工程で担い手が減っている中でも、娘である石塚久美子さんが5代目として修行中です。

「そろそろ引退してゴルフをしたいんだけど、娘を育てないと行けないから困るよ」とおっしゃる表情には、笑顔も混じっていました。

数ある細かな柄の中でも一番難しいとされる縞模様。型紙を作ることも、線と線のつなぎ目がずれないように糊付けを施すのも最難関とされています。

「目が悪くなる前に、娘のために見本を作らなきゃ」と、次世代に良い作品を引き継いでいこうと言う石塚さんの思いが伝わってきました。

5代目が手がける、日本画と色彩の勉強を活かした現代の染め

取材の際、ちょうど反物を洗っていたのは5代目の久美子さん。 大学を出た後一度は就職したものの、やはり家の技術が途絶えることに危機感や勿体無さを感じ、染めの世界に入ったそうです。

久美子さんは大学で日本画を専攻し、色彩の勉強もしていたそう。

「型染めの製品は高級なものが多く、なかなか手を出しづらい。もっと若い人に型染めの製品を身につけてほしい」

そんな思いから、顔が明るく見える発色の着物やモダンな柄や色の半幅帯や衿などを手がけています。インスタグラムでは、久美子さんが手がける商品や染めの風景を見ることができます。

text:Rio Moriguchi

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