藤本染工芸

作ることを極めた職人も、現代では自分から発信をする時代です。しかし、SNSが登場する遥か昔から、40年以上自分で販売・発信することを当たり前のように行なっている職人さんが八王子にいました。

独特な色の重なりが美しい「手差し型染め」

藤本義和さんが昭和36年に始めた工房、藤本染工芸。全国でも珍しい、手差し型染めという技法で浴衣や着物に染めを施します。数ある型染め技法の中でも藤本さんが手がける手差し型染めは、糊がついた生地に小さな刷毛で絵付けをするもの。色の置き方を自由自在に変えることができます。

刷毛で色を置いている途中

特に藤本さんが得意とする、刷毛を置く位置をずらしながら色を繋げるグラデーション表現は、色の移ろいや絶妙な重なりがとても美しい作品です。

同じ型を用いても、使う色の数や位置により全く異なる印象の生地が出来上がるので、全て一点物になります。

燃え尽き期間と独立への思い

藤本さんは織物や染色を学ぶ学校を卒業した後、新宿の中井にあった型染め工場で6年間修行し、その後八王子に帰って独立をします。

しかし八王子に帰ってきてすぐに起業したわけではありません。長い修行期間が終わり燃えつきてしまったという藤本さんは、毎日浅川の河川敷でお弁当を食べながらぼんやりと過ごしていたそうです。そんな時出会ったのが、中野上町にある奥田染工場。2代目から誘われ数ヶ月間工場で働きながら、次第に独立に向けた思いが再燃していったそう。

繊維の街らしい人との出会いが、藤本さんの背中を押しました。

「自分で作る力さえ持てば、自分で売ることができる」

藤本さんのモットーは、「自分で作り自分で売る」。

藤本さんは創業から3年ほどでほとんどの問屋さんと仕事をするのを辞め、自ら百貨店で催事を開き個人のお客様との繋がりを強めていったそうです。

「自分で作る力さえ持っていれば、目先の売り先にとらわれずにお客様へ直接、地道に提案することができる。一つのものをじっくり作り上げることが、自分のような作家の生きる道」

現在は自分で情報発信が気軽にできる時代ですが、当時はまだ問屋さんの力が強く発信ツールがなかった時代。すでに自分で伝えることの大切さに気づき40年以上続けている姿や先見の明に感銘を受けました。

常にお客様を見る、妥協しない染め

藤本さんが染めをしていて、特に心に残っているエピソードがあるそうです。

それは、顧客様の娘さんが百貨店で藤本さんの作品を見た時のこと。藤本さんの作品に惚れ、成人式用の着物を藤本さんの型染めに決めたそう。藤本さんが作った作品が大変気に入り、藤本さんは手紙をもらったのがとても嬉しかったと言います。それから母娘で長く藤本さんの生地を注文しているのだとか。

直接お客様の声を聞いて染めをする藤本さんは、常にお客様の反応を敏感に感じ取り、納得いくまで作品を作ります。多い時では、1つの商品を3回も染め直したことがあるそうです。

「正解がないからこそ、お客様の反応が喜びに変わるまで考え抜いて妥協しない」と言います。そんな藤本さんの元には、今でも絶えず全国の百貨店から催事の依頼が来ているそうです。

型染めを気軽に始めて欲しい

「型染めそのものが残って欲しい」「ここで修行して独立し、活躍してくれたら嬉しい」

そんな思いから、藤本さんは技術伝承のために弟子を入れたり、気軽に型染めに触れてもらうための教室も開いています。

「着物を染めなくても小さなハンカチや小物などから始めてもらい、興味を持ってもらいたい。その中から数人でも型染めを続けてくれれば、産業が残る可能性がある」と、技術継承の未来を描いています。

藤本さんの教室は、材料費込みで3回1万円。正直安すぎるのでは?と思う値段で染めの体験ができますが、気軽に染めを始めて欲しいという、藤本さんの優しい思いが込められているのだと思います。

染め工房では、手差し型染めを施した布小物や木の小物も販売しています。ぜひ一度訪問し、色とりどりの小物を見てみてください。

text:Rio Moriguchi

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