糊つけのお仕事

糊付け屋さんを営む、笑顔が可愛らしい森川さん。市街地の住宅街にある森川さんのご自宅前で車を降り、これから別の場所にある工場へ案内してもらうのかと思っていたら、森川さんは家の庭先にあるガレージの中へ。続いて中に入ると、見たことのない古道具が並んでいます。ここが作業場なんだ!と、外からは想像できない異空間に驚きました。

「糊つけ」?

「糊つけ」とはどんな工程なのか?大学でテキスタイルを学んでいる私もイメージがわかないので、知っている人はほとんどいないように思います。織物は、機械にピンと張られた経糸(たていと)が上下に動いて織られていくもの。織り上がるまでの過程で糸にはたくさんの力がかかり、そのままの糸を機械にかけると摩擦で糸が切れたり毛玉ができたり、いい織物ができません。そのため、糸にあらかじめ糊をつけて強度を補ったり滑りを良くしたりします。これが「糊つけ」という工程です。森川さんはこの糊つけの仕事を、家業としてお父さんから受け継いだそうです。

絹で磨かれた木

森川さんの作業場で特に目を惹かれたのは、各所に置かれた木の道具でした。その全てがツルツルさらさら、ずっと触っていたくなるような触り心地。実際に糊つけの作業を再現していただくと、その理由がわかりました。枷(かせ)を大きい丸太に通し、強い力でピンと張って糸の絡みをほぐしたあと、木の棒を使って糊がついた枷をねじって水気を絞ります。脱水機がなかった時代から、今でもこの方法で行なっているそう。これらの作業で絹糸と木が擦れて磨かれ、撫でられたお地蔵さんのようにツルツルになっていったようです。更に、糸がよく当たる場所は木が摩擦で凹んでいました。糊つけがそれほど長い年月をかけて織物という産業を支えてきたことが感じ取れます。

糊つけの今

森川さんはお父さんから家業を引き継いだ後、ずっと一人でこの仕事を続けられてきたそうです。現在は、全国的に見ても手作業で糊つけを行なっている工場はほとんど残っていません。「今は機械の発達で糊がついていなくても織れるものが増えてきたけど、糊がついているものはシャキっとしていて手触りが違う」と教えていただき、産業の現状を受け入れながらも、糊つけという家業を大切に思っているように感じられました。私たちが知らない間に、全国各地で今もひっそりと失われている技術がきっとあることや、大切な技術を守っていきましょう、と無責任には言えないことなど、色々なことが頭を巡りました。私たちにできることは、何かあるでしょうか。八王子という街には、街の産業を支えていた職人さんがきっとたくさんいたこと。今日森川さんとお会いしてお仕事を拝見させて頂き、機織りの背景には、私の想像以上にたくさんの人の技術が関わってきたのだということを知ることが出来ました。

text:Hinako Suga

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