撚糸のお仕事

取材は、「自慢話になっちゃうけど良いか~?」なんて会話から始まりました。森田商店さんは糸に撚りをかける撚り屋さん。元々は生糸問屋を100年ほど、撚り屋になって80 年。玄関には賞状が並び、「あんまり賞取って疎まれちゃって~」と紹介して下さいました。先代のお父さんが撚り屋を始めるため、小門町の「やさき撚糸」で三年間修行したのは戦前の話。先代には才能があり、とても良い加工糸を作られていたそうで、先代の撚った糸で出来た布団が日本橋三越で販売され、横山大観に「これは素晴らしい生地だ」と言われたこともあったとか。先代は「機織りは撚りだ」といつも言っていたそうで、後を継いだ森田さんにもその意思が受け継がれていました。

「撚る」とは?

撚糸とは、撚りをかけた糸のこと。ねじり合わせることを撚りと言い、「腕によりをかける」「よりを戻す」なんて言葉の由来でもあります。撚りにはねじる方向があり、右方向に糸をねじるとS 撚り、左方向にねじるとZ 撚り。アルファベットの見た目と重ねてそう呼ばれています。撚った糸をさらに撚り合わせたり、異なる撚り方向の糸を撚り合わせたり、その撚り数、素材の組み合わせによって様々な表情を出すことができます。今は撚り屋も完全自動の機械で大量生産をする時代。そんな中、糸の様々な表情を作りあげる森田商店さんでは手作業が多く残っており、細やかな手作業では機械に比べ生産速度が遅いため、機械を一晩中回すことも多いそうです。「うちは簡単な機械じゃ無いから高いのよ。」と森田さんは言います。工場内の機械は、これは機械らしい無機質な糸が得意だとか、これは不揃いで味のある糸が得意など、機械の特長を活かして使い分けているのだとお話してくださいました。そこには、手作業だからこそ生み出せる糸のアーカイブの数々がありました。

琵琶の弦を撚る

個人のお客さんが多い森田さんは、織物用の糸以外にも特殊なお仕事をたくさん経験してきたのだそう。業界では少量の1 ㎏、2 ㎏から仕事を受け、1 万デニール(糸の直径が約1.5 センチ)の極太撚糸づくりを行ったり、相撲の袴の糸を納めたりと、その内容は様々。琵琶の弦をつくるお仕事では、生糸を弦として撚ったのだとか。楽器の弦は、演奏しているうちに弛んでしまうと良くないので、手撚りで脚が痙攣するくらい体を張って糸を撚るそうで、森田さんはそんなたくさんのエピソードを面白おかしく話して、私たちを楽しませてくれました。森田さんは、素材をつくる人。人に渡せばその素材は別なものに変化するけれど、つくる素材は「最低限自分で良いと思う物じゃ無いと」と話されていました。壁には昭和初期からの賞状がたくさん並べられており、いままで生み出してきた多様な糸のアーカイブに触れることができる、とても貴重な時間になりました。

text:Sena Nakano

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